平成29年3月30日に金融庁から「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下、「顧客本位原則」とする。)が公表され、その後3ヶ月毎に顧客本位原則を採択した資産運用会社が公表されている。
最新の公表資料によると、顧客本位原則を採択し、顧客本位の業務運営を実現するための明確な方針(取組方針)を策定・公表した資産運用会社は、リート全体の約9割に及ぶ。しかし、公表されている各社の取組方針をみると、その内容は顧客本位原則をなぞっただけで形式的・画一的な対応が目につく。このような取組みで、果たして利益相反が適切に管理され、投資家の最善の利益が図られるのだろうか。
当サイトでは、投資家・専門家の視点で投資法人の開示資料を読み解き、投資判断に役立つ重要な情報を分かりやすく提供することで情報の非対称性の解消を図り、実効的な利益相反管理が機能する投資環境の実現、投資家保護を目指していく。
※当サイトでは、特に断りのない限りJリート・私募リートを合わせて「リート」と呼ぶ。
平成24年12月に公表された金融審議会「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」の最終報告では、投資法人の運営において「スポンサー企業への依存については、信用補完といったメリットがあるものの、スポンサー企業と投資主との利益が必ずしも一致しないとの懸念も指摘されている。投資法人制度に対する投資家の信頼性を更に向上させるため、こういった利益相反に対する適切な規律を含め、投資法人の運営や取引の透明性を確保する取組を講じる必要がある。」と報告されている。また、利益相反の管理等をめぐる問題については、平成28年の金融審議会「市場ワーキング・グループ」でも議論されており、リートは他国に比して利益相反が起こりやすい構造となっている。
このようにリートは、①投資法人の投資家と資産運用会社の投資家(親会社)が異なる外部運用型を採用しており、②スポンサー企業との関連当事者取引に規制を設けていないため、常に利益相反懸念が生じる仕組みとなっている。
平成25年の投信法改正によって、利害関係人等との取引については監視機能の向上を図るべく投資法人の事前同意が義務づけられた(投信法201条の2)。しかし、それ以外には「資産運用会社のガバナンスについて、特に投信法上何か規定があるわけではなく、コンプライアンス委員会の設置などは単なる各社の自主的な取り組みである」※1ことから、真に実効的な利益相反管理が必要とされている。
リートが構造的に利益相反を内包している以上、利益相反のおそれのある取引を回避することはほぼ不可能である。このような状況で、本当に利益相反は適切に管理されているのだろうか。顧客本位原則を採択している資産運用会社の開示資料をみると、形式的・画一的に「利益相反を適切に管理します。」となっているが、開示されている内容は個別の取引について利益相反の管理の状況や意思決定の妥当性を示したものではなく、単に意思決定のプロセスを示しているに過ぎない。
資産運用会社は、スポンサー企業との取引において構造的に“双方代理的な”立場にあり、「利益相反を適切に管理します。」という当事者発信の横並びの情報だけでは、意思決定の透明性はないに等しく、利益相反懸念は払拭されない。
※1 金融審議会「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」
利益相反管理の取組状況について詳しくみると、資産運用会社の多くが鑑定評価額を上限とした物件取得ルールを定めている。投信法上、資産運用会社には特定資産の価格調査が義務付けられているが(投信法201条1項)、開示されている「鑑定評価書の概要」をみると鑑定評価は市場価値しか求めていないため、利益相反管理がほとんど機能していない実態がみえてくる。
利益相反に対する規律が働いていなければ、投信法201条1項の価格調査は投資家のためではなく、資産運用会社のための手続きとして形骸化し、投資家の利益が損なわれる利益相反取引が頻繁に行われようになる。
開示されている「鑑定評価書の概要」をみると利益相反の疑いの強い取引が数多く確認される。
投資家への配当原資となる実際のキャッシュフローに基づいて投資法人の意思決定が下されていない。実際の運用を前提としない市場価値評価では、利益相反取引が見過ごされている。
一般社団法人不動産証券化協会発行の「不動産証券化ハンドブック2019」(以下、「証券化ハンドブック」とする。)によると、不動産証券化における投資家保護とは「投資家の自由な意思に従った投資判断を可能とする市場インフラを整備し、機能させること」であり、「投資家が投資リスクを十分に認識した上で、自らの判断により投資できる環境を整備すること」と定義されている。
投資家保護の実現を図るため、投資法人・資産運用会社には一定の法的義務が課せられ、各種の行為規制がかけられており、それらを遵守することではじめて投資家保護が実効性のあるものとして機能することとなる。投資家が投資リスクを認識するためには、投資法人がリスクの判断材料を投資家に適切に開示することが必要であり、開示されている情報が実際の運用と異なる情報であるなら情報開示は意味をなさず、利益相反に関する問題は治癒されない。
実際の運用計画を所与としていない形式的・画一的な情報開示では、投資リスクを認識することができず、投資家は自己責任によって投資判断する機会を奪われており、投資家保護は機能していないことになる。
そこで、真に実効的な利益相反管理が行われ、投資家保護が機能するために、投資法人・資産運用会社が投資家と共有すべき意思決定の枠組み-4つのフレーム-を提案する。投資法人は情報開示によって投資家と共有したフレームで資産を運用して投資価値を実現し、投資家は投資法人と共有したフレームで投資リスクを認識し、自己責任を負う。
「証券化の仕組み」によって、リートは不動産・金融商品としてのリスクのほかに外部運用型の構造による利益相反リスクを抱えている。資産運用会社がこれらのリスクを正しく認識し、管理できていなければ、投資家に多くのリスクが集中することになる。
「証券化の仕組み」の中で、投資法人はスポンサー企業の資産運用のノウハウを活かし、投資法人規約を定め、ガバナンスを構築している。「投資法人のガバナンス」の違いによって、どのようなタイプの不動産に投資し、どのように運用するかが異なり、投資家が負うリスクが異なる。
「証券化の仕組み」「投資法人のガバナンス」の中で、投資法人は個別の不動産について運用計画を策定し、資産運用会社は運用計画に従って運用することで収益の最大化を図ると同時に運用によるリスクを限定的なものにしている。
「投資法人のガバナンス」「投資法人の不動産運用」の中で策定された運用計画を「不動産の特性」に応じて個々の契約に落とし込み、リスク・リターンのフレームを明確にしている。
投資法人から資産運用業務を委託された資産運用会社は、特定資産に係る不動産の鑑定評価を不動産鑑定士に行わせなければならない(投信法201条1項)。証券化不動産の鑑定評価は「投資家に開示される対象不動産の運用方法を所与とし」「投資家に開示されることを目的に、投資家保護の観点から対象不動産の収益力を適切に反映する収益価格に基づいた投資採算価値(鑑定評価額)を求める」※2ものであり、「資金運用者による投資意思決定の妥当性や利害関係者間等の取引における利益相反の有無等を判定する有力な材料を資金提供者(投資家)等に提供」※3するものである。
投信法201条1項の鑑定評価によって資産運用に関与しない不動産鑑定士が中立的・客観的な立場で投資価値を求めることで、リートは投資家保護が機能する仕組みとなっている。このような外形的に整った仕組みに4つのフレームという実効性を補完する新しい視点を加えることで、投資法人・資産運用会社と投資家との間で共有されたフレームが不動産鑑定士にも共有され、同じフレームで(投資法人が)意思決定し、(資産運用会社が)資産運用し、(不動産鑑定士が)鑑定評価し、(投資家が)投資判断することが可能となり、意思決定プロセスの客観性と透明性が確保され、規律のある投資環境が実現される。
証券化ハンドブックによると、「投資家保護のもう一つの側面は、投資家が投資リスクに関して自己責任を負うこと」であり、そのためには「金融事業者は、顧客(投資家)との情報の非対称性があることを踏まえ、・・・(中略)・・・重要な情報を顧客(投資家)が理解できるよう分かりやすく提供すべきである」(顧客本位原則)ことから、投資法人・資産運用会社には投資家の自己責任原則を支える情報開示が求められる。投信法によって鑑定評価を義務付けられている資産運用会社は、不動産鑑定士に必要な情報を提供する一方、提供した情報が鑑定評価書に反映されているか検証を行うこととされており※4、鑑定評価の適切性を確保するため検証と証跡化が必要とされている。
しかし、開示資料をみると、投資法人の中には「鑑定評価額は、不動産鑑定士が価格時点における評価対象不動産の価格に関する意見を示したものにとどまる」として、運用方法を所与としていない鑑定評価を十分な検証もなく投資家に開示し、実際の運用と整合しないケースもみられる。リートは利益相反性を内包した構造であって、スポンサー会社との利益相反リスクは市場でも広く認識されているところである。金融審議会でも指摘されているとおり、鑑定評価の適正性をチェックする仕組みが存在しない以上、投資意思決定が公正に行われたかどうかは常に不透明で、利益相反が適切に管理されているかどうかについては判断の根拠さえ示されていない。
当サイトは、専門的な第三者チェック機関として、投資法人・資産運用会社と投資家との間で共有されたフレームを行動基準とし、鑑定評価・意思決定・利益相反の有無をチェックすることで投資家が投資リスクを認識できる開示資料の読み方を示し、信頼性の高い投資環境の実現を目指していく。