2020.09.16
平成29年3月30日に金融庁から「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下、「顧客本位原則」とします。)が公表され、その後3か月毎に顧客本位原則を採択した資産運用会社が公表されています。金融庁の公表資料によると、顧客本位原則を採択し、顧客本位の業務運営を実現するための明確な方針を策定・公表した資産運用会社はリート全体の約9割に及びます。しかし、公表されている各社の取組方針をみると、その内容は顧客本位原則をなぞっただけで形式的・画一的な対応が目につき、このような取組みで果たして利益相反が適切に管理され(顧客本位原則3)、投資家の最善の利益が図られているのか(顧客本位原則2)、疑問を抱くところです。
そこで、2019年1月から12月までの一年間にJリートが取得した物件323件※1について開示されているニュースリリースを調べたところ、取得物件の約20%に相当する63件がDCF法による収益価格より高い価格で取引(投資意思決定)されており、利益相反取引の疑いがあることがわかりました。
さらに詳しく調べると、このうち8件はDCF法による収益価格より1億円以上高い価格で取引されており、8件すべて利害関係者からの物件取得であることがわかりました(最大価格差4億円:日本ビルファンド投資法人、日本プロロジスリート投資法人)。
不動産鑑定評価基準では、証券化対象不動産に係る鑑定評価目的の下で、投資家に示すための投資採算価値を表わす価格を求める場合は、基本的にDCF法により求めた収益価格を標準として鑑定評価額を決定すると定められています。これは、「運用対象となる不動産が生み出すキャッシュフローを主要な源泉とする利益が投資家にとっての元本回収及び配当の原資となる」※2ことから、価格形成面で重要な役割を果たす対象不動産の収益力を鑑定評価によって客観的に評価し、投資意思決定の妥当性や利益相反の有無を判定するためです。
DCF法による収益価格より高い価格で物件を取得することは、対象不動産の収益力を上回る価格で投資意思決定されたことになり、不動産が生み出すキャッシュフローでは投資家に取得価格相当の配当ができない矛盾が生じ、意思決定の妥当性を欠きます。
投資家に開示されている情報では、2019年一年間に取得された323件の物件のうち63件は、対象不動産が生み出すキャッシュフロー分析によって求められた不動産の収益力より高い価格で取得されており、投資法人は重要な情報を分かりやすく提供しているとは言えず(顧客本位原則5)、意思決定の妥当性や利益相反の有無を判定できる情報が投資家に提供されていないため、投資家保護が十分に機能していません。顧客本位原則を採択している以上、投資法人には意思決定の透明性と適切な利益相反管理が求められています。
※1「ARESマンスリーレポート(2020年1月)」一般社団法人不動産証券化協会
※2「証券化対象不動産の鑑定評価に関する実務指針」公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会 平成26年11月